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2004年01月27日
1月27日 お風呂でポン
昼間雑誌の取材をして帰って、自宅でプレゼン用our faceのラフ作り。長時間パソコンに向かうと腰が痛くなる。
夕食は豚汁と焼魚と野菜の煮物。娘はいつものように魚の頭にかぶりつく。目玉が一番好きなので食べ方がホラーな感じだ。食後「お風呂に入ってお風呂でポンしようよぅ!」というので一緒に入る。お風呂でポンは固形入浴剤のなかに人形というかフィギアが入っていて、入浴剤が溶けると浮かび上がってくるというもの。今アトムのポンが我が家で流行っている。湯船のなかのブクブクからでてきたのはお茶の水博士だった。この出てくるまでブクブクのあいだ、何が現れるか予想するのが結構楽しい。フィギアはきっと中国で安く作っているのだろう。お茶の水博士は少し目が怖かった。
娘を寝かしているうちにこっちも眠ってしまい、(いつもながら寝かしつけるとき睡魔に引き込まれないようにするのは、ちょっとした拷問だ。)気がつくとアクセスが終わっていてバツラジをやっていた。ラジオの話。深夜に毎日宮川まさるが聞けるようになったのはうれしい。古賀議員の釈明演説は笑えた。なにごとも話のオチとか下げのつけかたは大事だ。4時までラジオを聞きながらラフ作り。久しぶりにJ-waveみうらじゅんも聴く。
投稿者 Ken Kitano : 08:32
1月27日 お風呂でポン
昼間雑誌の取材をして帰って、自宅でプレゼン用our faceのラフ作り。長時間パソコンに向かうと腰が痛くなる。
夕食は豚汁と焼魚と野菜の煮物。娘はいつものように魚の頭にかぶりつく。目玉が一番好きなので食べ方がホラーな感じだ。食後「お風呂に入ってお風呂でポンしようよぅ!」というので一緒に入る。お風呂でポンは固形入浴剤のなかに人形というかフィギアが入っていて、入浴剤が溶けると浮かび上がってくるというもの。今アトムのポンが我が家で流行っている。湯船のなかのブクブクからでてきたのはお茶の水博士だった。この出てくるまでブクブクのあいだ、何が現れるか予想するのが結構楽しい。フィギアはきっと中国で安く作っているのだろう。お茶の水博士は少し目が怖かった。
娘を寝かしているうちにこっちも眠ってしまい、(いつもながら寝かしつけるとき睡魔に引き込まれないようにするのは、ちょっとした拷問だ。)気がつくとアクセスが終わっていてバツラジをやっていた。ラジオの話。深夜に毎日宮川まさるが聞けるようになったのはうれしい。古賀議員の釈明演説は笑えた。なにごとも話のオチとか下げのつけかたは大事だ。4時までラジオを聞きながらラフ作り。久しぶりにJ-waveみうらじゅんも聴く。
投稿者 Ken Kitano : 01:54
2004年01月26日
1月26日 毎日新聞朝刊「エンデイラの世界」
毎日の朝刊でメキシコ支局の藤原さんがガルシアマルケスの育った地で小説の舞台となったコロンビアのグアヒラ半島を訪ねる連載が始まっていることを発見。グアヒラ半島は数年前ブルータスの時計特集で「時間を持たない民を訪ねて」という取材で先住民ワジューの村々に行ったので懐かしくなった。コロンビアはゲリラと誘拐が多くて本当に怖かったなぁ。日本企業の駐在員誘拐のウワサも聞いた。でもカリブとサバンナはよかった。あの乾いた風景の土地がマルケスの魔術的リアリズムの故郷だったのだ。久しぶりにマルケスを読みたくなった。
岸和田の男の子虐待のニュースに胸が痛む。岸和田は一昨年our faceだんじりの取材で行った。あれほど共同体の絆が強くて、家族を超えて地域のつながりが密な土地で周りが見過ごしていたというのは意外だった。たしかに港を埋め立てしてそこに新しいマンションが増え他所からたくさんひとが入ってきて、岸和田も変わりつつあるのだと、案内して下さったOさんが言っていたのを思い出す。
投稿者 Ken Kitano : 08:32
1月26日 毎日新聞朝刊「エンデイラの世界」
毎日の朝刊でメキシコ支局の藤原さんがガルシアマルケスの育った地で小説の舞台となったコロンビアのグアヒラ半島を訪ねる連載が始まっていることを発見。グアヒラ半島は数年前ブルータスの時計特集で「時間を持たない民を訪ねて」という取材で先住民ワジューの村々に行ったので懐かしくなった。コロンビアはゲリラと誘拐が多くて本当に怖かったなぁ。日本企業の駐在員誘拐のウワサも聞いた。でもカリブとサバンナはよかった。あの乾いた風景の土地がマルケスの魔術的リアリズムの故郷だったのだ。久しぶりにマルケスを読みたくなった。
岸和田の男の子虐待のニュースに胸が痛む。岸和田は一昨年our faceだんじりの取材で行った。あれほど共同体の絆が強くて、家族を超えて地域のつながりが密な土地で周りが見過ごしていたというのは意外だった。たしかに港を埋め立てしてそこに新しいマンションが増え他所からたくさんひとが入ってきて、岸和田も変わりつつあるのだと、案内して下さったOさんが言っていたのを思い出す。
投稿者 Ken Kitano : 01:55
2004年01月25日
1月25日 祝優勝!神戸製鋼。ラグビートップリーグ初代チャンピオン!
今日は社会人ラグビーのトップリーグの最終戦 を観に行く。昼、千駄ケ谷駅から歩いて秩父宮ラグビー場へ。観戦のきっかけは一昨年の秋に強豪神戸製鋼スティーラーズの皆さんをour faceで取材させて頂いたから。観に行きたいと思いつつ機会を逃して、今日が初めてのラグビー観戦。あの時は神戸のグランドで練習を見学させていただいた後グランドで撮影をさせて頂いた。 当時も今もラグビーに関してはまるで無知。取材の時はすぐ近くに”あの”萩本ヘッドコーチもいらっしゃた。まったくもったいないというか、本当に貴重な機会を頂いたものだ。(それを未だ誌面で発表出来ずにいるのはまことに心苦しい。)
今日は大阪の花園でNECvs神戸、ここ秩父宮でサントリーvs東芝府中戦。サントリーと神戸がこれまで同点で首位。今日サントリーが負けて神戸が勝てば、神戸が今期から始まったトップリーグの初代覇者になる。したがって今日は東芝を応援することに。
快晴の冬空。スタンドからは都心のビルと青い空が見渡せて気持ちがいい。冬のスポーツ観戦がこんに気持ちのいいものだとは知らなかった。寒いので熱燗のカップ酒片手に観戦開始。ルールはうる覚え。試合は強豪サントリー相手に東芝が苦戦するかと思いきや、東芝のトライが次々に入る。後ろの席に強烈なダミ声野次おじさんがいて、サントリーに大声で罵声を浴びせている。プレーごとに、適材適所に野次が飛び、それがちょっとした試合解説になって僕にとってはうるさいけど都合がいいのだった。初めて観るラグビーはルールは難しけれど楽しめた。特に次々にディフェンスをすり抜けてタッチラインまで抜ける瞬間はすごく気持ちいい。スタンドも盛り上がる。観客も”通”な感じの人が多い。基本的に観客が静かなので選手や審判の声や体がぶつかる音がかなりはっきり聞こえるのは驚きだった。
後半に入ると完全にワンサイドゲームになった。結局10-50の大差で東芝の勝ち。そのころ関西では神戸がNECを降し、めでたく神戸製鋼が初代チャンピオンに決定。おめでとう!その結果を放送で聞いて拍手するひとが大勢いた。神戸製鋼ファンなのか、相手の勝利を讚えるラグビーのスピリットなのか。
今期はあと、2月8日から上位チームのトーナメント戦のマイクロソフトカップと日本選手権がある。
熱燗のワンカップ片手に冬空の下ラグビーを観る楽しみを知ってしまった。また来よう。
投稿者 Ken Kitano : 08:33
1月25日 祝優勝!神戸製鋼。ラグビートップリーグ初代チャンピオン!
今日は社会人ラグビーのトップリーグの最終戦 を観に行く。昼、千駄ケ谷駅から歩いて秩父宮ラグビー場へ。観戦のきっかけは一昨年の秋に強豪神戸製鋼スティーラーズの皆さんをour faceで取材させて頂いたから。観に行きたいと思いつつ機会を逃して、今日が初めてのラグビー観戦。あの時は神戸のグランドで練習を見学させていただいた後グランドで撮影をさせて頂いた。 当時も今もラグビーに関してはまるで無知。取材の時はすぐ近くに”あの”萩本ヘッドコーチもいらっしゃた。まったくもったいないというか、本当に貴重な機会を頂いたものだ。(それを未だ誌面で発表出来ずにいるのはまことに心苦しい。)
今日は大阪の花園でNECvs神戸、ここ秩父宮でサントリーvs東芝府中戦。サントリーと神戸がこれまで同点で首位。今日サントリーが負けて神戸が勝てば、神戸が今期から始まったトップリーグの初代覇者になる。したがって今日は東芝を応援することに。
快晴の冬空。スタンドからは都心のビルと青い空が見渡せて気持ちがいい。冬のスポーツ観戦がこんに気持ちのいいものだとは知らなかった。寒いので熱燗のカップ酒片手に観戦開始。ルールはうる覚え。試合は強豪サントリー相手に東芝が苦戦するかと思いきや、東芝のトライが次々に入る。後ろの席に強烈なダミ声野次おじさんがいて、サントリーに大声で罵声を浴びせている。プレーごとに、適材適所に野次が飛び、それがちょっとした試合解説になって僕にとってはうるさいけど都合がいいのだった。初めて観るラグビーはルールは難しけれど楽しめた。特に次々にディフェンスをすり抜けてタッチラインまで抜ける瞬間はすごく気持ちいい。スタンドも盛り上がる。観客も”通”な感じの人が多い。基本的に観客が静かなので選手や審判の声や体がぶつかる音がかなりはっきり聞こえるのは驚きだった。
後半に入ると完全にワンサイドゲームになった。結局10-50の大差で東芝の勝ち。そのころ関西では神戸がNECを降し、めでたく神戸製鋼が初代チャンピオンに決定。おめでとう!その結果を放送で聞いて拍手するひとが大勢いた。神戸製鋼ファンなのか、相手の勝利を讚えるラグビーのスピリットなのか。
今期はあと、2月8日から上位チームのトーナメント戦のマイクロソフトカップと日本選手権がある。
熱燗のワンカップ片手に冬空の下ラグビーを観る楽しみを知ってしまった。また来よう。
投稿者 Ken Kitano : 01:55
2004年01月23日
1月23日 次回SPA!
次回の企画についてSPA!編集のSさんと打ち合わせる。スポーツチームやバンドなどの個別なファンやオーディエンスを取材することでほぼ決まる。なるべくコアな人々にアプローチしてゆきたい。それも首都圏にかたまらずに地方のカラーも出るといい。これから具体的なアポ取り作業に入ることになる。打ち合わせの後Sさんと六本木のバーTで飲む。Tは相変わらずアート関係者で大盛況だった。帰りは新宿でタッチの差で中央線高尾行き最終に間に合わず。武蔵小金井から50分かけて歩いて帰る。寒かったけど星がきれいで気持ちがよかった。途中松屋で牛丼を食べた。牛丼に関しては吉野家のほうがうまい。
投稿者 Ken Kitano : 08:34
1月23日 次回SPA!
次回の企画についてSPA!編集のSさんと打ち合わせる。スポーツチームやバンドなどの個別なファンやオーディエンスを取材することでほぼ決まる。なるべくコアな人々にアプローチしてゆきたい。それも首都圏にかたまらずに地方のカラーも出るといい。これから具体的なアポ取り作業に入ることになる。打ち合わせの後Sさんと六本木のバーTで飲む。Tは相変わらずアート関係者で大盛況だった。帰りは新宿でタッチの差で中央線高尾行き最終に間に合わず。武蔵小金井から50分かけて歩いて帰る。寒かったけど星がきれいで気持ちがよかった。途中松屋で牛丼を食べた。牛丼に関しては吉野家のほうがうまい。
投稿者 Ken Kitano : 01:56
2004年01月22日
1月22日 最近の績読
昨年末まで読んでいた中沢新一のカイエソバージュ1〜4(講談社選書メチエ)がとっても面白かったので、文中で度々出てきたレヴィストローズの「悲しき熱帯1」を読む。変な言い方だけど金子光晴のアジア紀行とサンテグチュペリの「人間の土地」を足して割ったような、アジアやラテンアメリカに対する眼差し。西洋には「自然」はない。西洋人は自然は人間が作ったり操作するものだと初めから思っている。というようなことがはじめに書いてあった。西洋文化圏のひととアジアや中南米の人々が「自然」を語るのは本当に難しい。その語られる言葉の量や、それぞれが動かす経済の非対称は果てしなく広がり続けて、テロや様々な現実や心のなかの大切なものを破壊するきっかけを作り続けている。続けて中沢新一「緑の資本論」(集英社)を読み始める。こっちも面白い。
「この世からきれいに消えたい」藤井誠二、宮台真司著(朝日文庫)。宮台真司の本はたくさんの(本当に!)著作のなかでも、どちらかというと一連のブルセラ、援交など若者の心理や行動について書かれているものより憲法だとか社会システムだとかの本に興味がいって読んでいたが、この本は一気に読んでしまった。それにしても宮台さんの発言するテーマの広さと内容の深さは凄いとしかいいようがない。知らないことはないんじゃないかと思えるくらい。TBSラジオ「day キャッチ」のコメントも一番シャープ。
この本は宮台氏、藤井氏の本の読者で北陸の町で自殺した青年の残したものを、残された人々と著者ふたりが追いかけながら、彼や彼をとりまく社会をみつめてゆくというもの。実感の希薄さを抱えて、意味がないと思える現実を生きることの過酷さを言葉にして現してくれる人が少ないなかで貴重な書といえるのではないか。特に普段何事も明晰に分析して類型化する宮台さんが、自分のたどった足跡を振り返りながら、自身のことについて語るくだりに惹きつけられた。当たり前だけど、どんな批評も自身を相対化する延長にしか 批評や評論はありえないのだ。文中に出てくる亡くなったs君は現実に対して様々な体験の”試み”をする。自死もそのなかに悲劇的な”試み”のひとつだった。考えると若いときもそれ以降も現実は”試み”の連続ではないか。日々の行動や体験には理由や意味などないことが実際には多い。後から見つかることはあっても。
実感は窒息しそうなくらい希薄な現実の中で、老若に関わらず「居場所」は日々幾つも増えているにしても、どこにも依拠出来ない人は多い。今は昔と違ってひとと「同じ」ことも「違う」ことも同じ。いわゆるマイナーもメジャーもあるようでない(ないようである)。共同体に属さずに生きる人にとって、実感の希薄さをアイデンティティーに替える手だてはとっても難しい。私の場合はとりあえずもし写真と出会えてよかった。
投稿者 Ken Kitano : 08:34
1月22日 最近の績読
昨年末まで読んでいた中沢新一のカイエソバージュ1〜4(講談社選書メチエ)がとっても面白かったので、文中で度々出てきたレヴィストローズの「悲しき熱帯1」を読む。変な言い方だけど金子光晴のアジア紀行とサンテグチュペリの「人間の土地」を足して割ったような、アジアやラテンアメリカに対する眼差し。西洋には「自然」はない。西洋人は自然は人間が作ったり操作するものだと初めから思っている。というようなことがはじめに書いてあった。西洋文化圏のひととアジアや中南米の人々が「自然」を語るのは本当に難しい。その語られる言葉の量や、それぞれが動かす経済の非対称は果てしなく広がり続けて、テロや様々な現実や心のなかの大切なものを破壊するきっかけを作り続けている。続けて中沢新一「緑の資本論」(集英社)を読み始める。こっちも面白い。
「この世からきれいに消えたい」藤井誠二、宮台真司著(朝日文庫)。宮台真司の本はたくさんの(本当に!)著作のなかでも、どちらかというと一連のブルセラ、援交など若者の心理や行動について書かれているものより憲法だとか社会システムだとかの本に興味がいって読んでいたが、この本は一気に読んでしまった。それにしても宮台さんの発言するテーマの広さと内容の深さは凄いとしかいいようがない。知らないことはないんじゃないかと思えるくらい。TBSラジオ「day キャッチ」のコメントも一番シャープ。
この本は宮台氏、藤井氏の本の読者で北陸の町で自殺した青年の残したものを、残された人々と著者ふたりが追いかけながら、彼や彼をとりまく社会をみつめてゆくというもの。実感の希薄さを抱えて、意味がないと思える現実を生きることの過酷さを言葉にして現してくれる人が少ないなかで貴重な書といえるのではないか。特に普段何事も明晰に分析して類型化する宮台さんが、自分のたどった足跡を振り返りながら、自身のことについて語るくだりに惹きつけられた。当たり前だけど、どんな批評も自身を相対化する延長にしか 批評や評論はありえないのだ。文中に出てくる亡くなったs君は現実に対して様々な体験の”試み”をする。自死もそのなかに悲劇的な”試み”のひとつだった。考えると若いときもそれ以降も現実は”試み”の連続ではないか。日々の行動や体験には理由や意味などないことが実際には多い。後から見つかることはあっても。
実感は窒息しそうなくらい希薄な現実の中で、老若に関わらず「居場所」は日々幾つも増えているにしても、どこにも依拠出来ない人は多い。今は昔と違ってひとと「同じ」ことも「違う」ことも同じ。いわゆるマイナーもメジャーもあるようでない(ないようである)。共同体に属さずに生きる人にとって、実感の希薄さをアイデンティティーに替える手だてはとっても難しい。私の場合はとりあえずもし写真と出会えてよかった。
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投稿者 Ken Kitano : 01:57
2004年01月07日
1月7日 無題
雑誌「皇室」の連載企画「神話の里」出雲編の写真セレクトとマウント作業で一日終わる。
新年そうそうかなりヒマだったりする。思えば昨年後半から忙しくない。
頂く年賀状に「hp見てますよ、活躍してますね」とか書いて下さる方も多い。実際は全然そんなことないのだ。our faceプロジェクトをはじめ、活動をhpにアップしたり、時々SPA!でやらせて頂いているので、そこだけ見るとたしかに活発に動いているように見えるのだろう。かなり大げさな印象が独り歩きしているらしい。久しぶりに会う編集者の方に「とっても忙しいんでしょう」などと言われるのも困るのだ。
仮に忙しいときでもour faceの取材は持ちだしなのでお金はなくなる一方なのだ。そのour faceの取材もこの頃新しい取材が決まらず行き詰まっている感がある。ライフワークの作業が停滞すると他のテンションも落ちそうで悪循環だ。とりあえず営業からはじめよう。
投稿者 Ken Kitano : 08:35
1月7日
雑誌「皇室」の連載企画「神話の里」出雲編の写真セレクトとマウント作業で一日終わる。
新年そうそうかなりヒマだったりする。思えば昨年後半から忙しくない。
頂く年賀状に「hp見てますよ、活躍してますね」とか書いて下さる方も多い。実際は全然そんなことないのだ。our faceプロジェクトをはじめ、活動をhpにアップしたり、時々SPA!でやらせて頂いているので、そこだけ見るとたしかに活発に動いているように見えるのだろう。かなり大げさな印象が独り歩きしているらしい。久しぶりに会う編集者の方に「とっても忙しいんでしょう」などと言われるのも困るのだ。
仮に忙しいときでもour faceの取材は持ちだしなのでお金はなくなる一方なのだ。そのour faceの取材もこの頃新しい取材が決まらず行き詰まっている感がある。ライフワークの作業が停滞すると他のテンションも落ちそうで悪循環だ。とりあえず営業からはじめよう。
投稿者 Ken Kitano : 01:58
2004年01月06日
1月6日 白山の「延年」
日帰りで岐阜県白山神社の新年の祭「延年」に行く。新幹線で名古屋へ。高山線と長良川鉄道を乗り継いで白山の登山口の一つ美濃馬場へ。例年祭の日は吹雪くというが今日は暖い。雪は路肩にわずかに残るだけ。暖冬なのだ。遠く白山の山並だけが白銀に輝いている。白山は信仰の山。その昔は美濃、飛騨、伊勢、東海諸国
まで広く信仰を集めたという。最盛期は広く荘園を持ち、東海道の1200社の白山神社、文京区の白山もこちらの社のものだったというからその門徒の広さと勢力の大きさは相当なものであった。時々の為政者からの信仰も厚かったのは白山から立山、出羽に広がる修験者のネットワーク、情報網が大切だったからか。
午後1時から神事が始まる。その後拝殿で芸能が繰り広げられる。いずれも男衆2名による農耕に関わる演目。(ということくらいしか素人なので分からない)突如背後で「ワーッ」と歓声が上がる。振り向くと天井から下がった直径二メートル程の造花の花を若者たちが奪い合っている。ひとりが高い拝殿の天井まで登ったところでしたに落ちたが、直ぐ立ち上がったので怪我はなかったようだ。この祭りは別名「花奪い祭り」ともいうそうだ。前と後ろで同時進行で花奪いと芸能が行われて撮影するのに忙しい。それとじっとしているのでだんだん足下から寒さが伝わってくる。花といっても紙で作った素朴な造花で一輪ごとに花の種類が違う。3時。祭の後、村の人びとは蒔かれた餅と花を担いで雪の残る小道を帰途につく。小規模だがしみじみいいお祭りだ。勇壮なだけが祭ではないのだ。
投稿者 Ken Kitano : 08:35
1月6日 白山の「延年」
日帰りで岐阜県白山神社の新年の祭「延年」に行く。新幹線で名古屋へ。高山線と長良川鉄道を乗り継いで白山の登山口の一つ美濃馬場へ。例年祭の日は吹雪くというが今日は暖い。雪は路肩にわずかに残るだけ。暖冬なのだ。遠く白山の山並だけが白銀に輝いている。白山は信仰の山。その昔は美濃、飛騨、伊勢、東海諸国
まで広く信仰を集めたという。最盛期は広く荘園を持ち、東海道の1200社の白山神社、文京区の白山もこちらの社のものだったというからその門徒の広さと勢力の大きさは相当なものであった。時々の為政者からの信仰も厚かったのは白山から立山、出羽に広がる修験者のネットワーク、情報網が大切だったからか。
午後1時から神事が始まる。その後拝殿で芸能が繰り広げられる。いずれも男衆2名による農耕に関わる演目。(ということくらいしか素人なので分からない)突如背後で「ワーッ」と歓声が上がる。振り向くと天井から下がった直径二メートル程の造花の花を若者たちが奪い合っている。ひとりが高い拝殿の天井まで登ったところでしたに落ちたが、直ぐ立ち上がったので怪我はなかったようだ。この祭りは別名「花奪い祭り」ともいうそうだ。前と後ろで同時進行で花奪いと芸能が行われて撮影するのに忙しい。それとじっとしているのでだんだん足下から寒さが伝わってくる。花といっても紙で作った素朴な造花で一輪ごとに花の種類が違う。3時。祭の後、村の人びとは蒔かれた餅と花を担いで雪の残る小道を帰途につく。小規模だがしみじみいいお祭りだ。勇壮なだけが祭ではないのだ。
投稿者 Ken Kitano : 01:59
2004年01月05日
1月5日 暗室。プリント初め。
昨年撮影したour face「とりふね舞踏舎」公演「バッケ」出演者の肖像、長崎県対馬の大調小学校の生徒たちの肖像、を焼く。しばらく時間が経っていったが一人一人焼いているうちに、だんだん取材の時の記憶が蘇って来る。対馬の小春日和の陽射しだとか、一人一人の子供の声や微笑、言葉が暗室のなかで匂い立つように、懐かしく、温かい。今ごろ対馬は寒いだろうな。雪は降っているだろうか。
投稿者 Ken Kitano : 08:36
1月5日 暗室。プリント初め。
昨年撮影したour face「とりふね舞踏舎」公演「バッケ」出演者の肖像、長崎県対馬の大調小学校の生徒たちの肖像、を焼く。しばらく時間が経っていったが一人一人焼いているうちに、だんだん取材の時の記憶が蘇って来る。対馬の小春日和の陽射しだとか、一人一人の子供の声や微笑、言葉が暗室のなかで匂い立つように、懐かしく、温かい。今ごろ対馬は寒いだろうな。雪は降っているだろうか。
投稿者 Ken Kitano : 01:59