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2005年11月24日
11月24日 熊野の準備
日中慌ただしくラボ、納品、新宿のペンタックスに修理が終わったレンズのピックアップなど。移動の車の中で「やるマン」を聴いていたら小林信彦さんが出ていた。ほとんど条件反射的に八重洲ブックセンターで小林信彦さんの「東京少年」を買う。ついでに内田樹著「街場のアメリカ論」とクッツェー著「夷狄を待ちながら」を買う。出張中読む時間があるといいな。何しろ日没が早いから。広島でまた陰惨な事件がおきたらしい。
家に帰るとハリネズミは、以前文鳥が使っていた 壷巣に入ったきり出てこない。ハリネズミの呼び名はいつの間にか「はりりん」になっている。
明日から熊野。準備に追われる。機材と防寒具、懐中電灯、それに料理撮影の用意など。予想したとおり凄い量の荷物になった。それでもカメラバックふたつとトランクに入りきらない荷物があって、登山靴とジャンバーなどはあきらめる。それにしても飛行機にのせてもらえるだろうか?この量。無理して車で行った方がよかったかもしれない。機材選びは最後まで迷う。デジタルのみにすれば身軽だが、マクロや望遠、明るい単焦点ものなど使いたいレンズがあるのでやっぱりフィルムメインにする。月末をまたぐので経費の精算や請求書書きなどもする。ばたばたしているうちに談志の番組を聴きそびれてしまった。
天気が心配だよ〜。明日から熊野。
投稿者 Ken Kitano : 23:46
11月23日 はりねずみ
知人の結婚式。準備をしていたらシャーロックホームズの今井さんから電話。「今からはりねずみを持っていっていい?」。突然我が家にハリネズミの子供が来た。丸い。小さい。娘は名前を「くるりんちゃん」とつけた。
投稿者 Ken Kitano : 23:41
2005年11月23日
11月21日 藤原章生「絵はがきにされた少年」(集英社)
朝から暗室。仕事の写真を焼く。なんとか夕方までに焼き上がる。急いで竹橋の如水会館へ。毎日新聞メキシコ支局の藤原さんの講演に駆け込む。藤原さんは今年の開高健ノンフィクション賞を受賞された。受付で発売になったばかりの本「絵はがきにされた少年」(集英社)を買う。藤原さんは最初の個展「溶游する都市」の時に取材をして頂いた(外信部なのに)。その後も藤原さんはフローラガルデユーノなどの写真家の記事を時々書かれているの見つけてうれしくなる。ちなみにその時の僕の記事は載らなかった。その後南アフリカ支局を経て今はメキシコに。藤原さんの記事はいわゆる新聞記事によくある、「分かりやすい構図に当てはめて書かれる」的な記事ではなくて、アフリカの政治家なりゲリラのおじさんが、すぐ目の前にいて、話し方や目つきや、その場所の風や光が伝わってくるような記事という印象がある。最近ではコロンビアのガルシアマルケスの小説の舞台やモデルになったひとを取材した連載を楽しみに読んでいる。今回の受賞作はアフリカで取材した人々のことをまとめた11編の短編集だという。とつとつととつ語る藤原さんの話は、いったい今何について話しているのだろう、と思うようなうろうろと回り道しながらという調子で、いろんな話を経て、気がつくと相手のひとの雰囲気をこちらがとても具体的に想像していたりする。「一般論や二項対立で語られないアフリカ」「目にしたあらゆる現実から、最後の最後に自分にどれだけ響いたか、どうしたらノンフィクション(真実)にたどり着けるか?」、「自分の耳、心、記憶に長年にわたり残った言葉は読むひとに伝わるのではないか?」という言葉が興味深かった。藤原さんらしい気がした。また、グローバル化の中で、ラテンアメリカやアジアなども日本と同様に内向きの思考、「私」が希薄になてゆく傾向、自殺率の増加などの現代病に向かっているというに思う、という話は興味深かった。あの明るくて家族思いのメキシコでも女性の自殺率が上がっているという。
納品に行かなければならなかったので、挨拶できずに失礼する。ふたつの編集部に納品して帰ったら12時だった。途中浜松町の駅前で食べたラーメンはいまいちだった。町中に酔っぱらいが多い季節になった。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/408781338X/qid=1132702225/sr=8-1/ref=sr_8_xs_ap_i1_xgl/250-6343046-9665859
投稿者 Ken Kitano : 07:49
11月19日 野狐禅
朝からプリント作業。雑誌で撮影した車の写真を焼く。
合間に最近撮ったランドスケープのベタを見るが、全然だめ。あまりのヘタさ加減にめまいを覚える。
3時半に暗室を終わらせて、娘の小学校へ。展示会(文化祭みたいなもの)を見に行く。パワーのある子供たちの絵や立体を見て少し元気になりました。
夕方、下北沢へ。「中州通信」の和田さんと金子マリと野狐禅(やこぜんと読む)のライブを観る。それにしても凄い組み合わせのライブだ。両方の cd持ってるけど。どっちもよかった〜。歌を聴いた。音楽を聴いたという感じ。金子マリ貫禄あり。
投稿者 Ken Kitano : 07:21
2005年11月18日
11月16日 展覧会はしご→遅い打ち上げ
・午後、富士フォトサロン K・MoPA10周年記念「日本の敗戦」展に行く。
http://www.kmopa.com/info/info.htm/
先月まで清里フォトアートミュージアムでやっていた展覧会の東京出張展。清里で本展を見たのだが、改めて見に行く。キャパ、スミス、スウォーブ、三木淳の写真。なかでもジョン・スウォーブはこれまでほとんど写真を見る機会のなかった写真家だ。進駐軍の記録のために撮影された敗戦後間もない日本の人々、進駐兵、連合軍捕虜などの写真だ。連合軍側のまなざしからみた日本の人々の姿だが、そこには人々へのある敬意が感じられる気がした。敗戦の中で生きるひとの姿が、何かを誇張することなく、たくましく、落ち着きをもって撮られている。変な言い方だが、どの人々もどこか”優雅”なのだ。それもそのはずで、スウォーブはハリウッドで映画スターの肖像を撮っていた人だそうだ。三木淳の撮った舞鶴港の写真も印象に残った。ロシア抑留からの帰還風景や、死亡通知を受けたのに、息子を待つ親の姿(岸壁の母)、帰還後、家に帰るより先に共産党に入党手続きをする人の姿(京都)など。清里の展示の一部が東京で見られるのはとてもいいと思う。ぜひ今後もこうした形の出張展をやってもらいたいです。
・青山void+ 牧かほり展「箱庭」
友人のイラストレーター牧かほりちゃんの展覧会。二坪弱の窓のない空間。6面すべて(壁、天井、床)にドローイングが程された空間。生い茂る草花、佇む獣の皮膚、豊穣な花弁、 飛び去る鳥の群れ・・・。森の小宇宙。尖っているのに優雅。乾いているのにウエットな質感。モノクロームなのに鮮やか。濃密な中にいくつもの相反する要素が澄み切ったバランスで成立している心地よさ。どこまでも深い奥行きを感じる。この人は常に進化していることをまたしても実感。いつも、こちらのなかに前回の作品の印象が残っている。DMをもらうと「おや、なんか違うことが始まっているぞ」と感じる。(そうゆうDMなのだ。)会場に行くと確実に用意していた予想を裏切られる。すごいなー。久々に会って話す。出力などを担当したしほさんを紹介して頂く。
http://www.k-maki.com/
・フォレット原宿「メンペ2・エロがあふれて止まらない編」
かほりちゃんの会場から明治通りからバスに乗ろうと歩いていたら、看板を見て思わず入った。同じイラストでもかほりちゃんの仕事とは正反対の仕事。金子ナンペイさんとデハラユキノリさんの展覧会だった。面白かった。エロくて、妄想満点で楽しかった。デハラさんのフィギュア写真集「the JINGI」を買ったらサインして下さった。今小説を書いていらして来春幻冬社から出版されるとのこと。出たら読もう。
http://www.lapnet.jp/top/index.html
・遅い打ち上げ
高田馬場「とんちゃん」にて「our face」の打ち上げ。版元の西山さんやコラムを手伝ってくださったライターの北川さん、袴田さん、J-waveの放送作家の室田さん、ケラの松村さんなどなど、大勢集まってくださった。「our face」のコンセプトそのままに、様々なジャンルの人がシャッフルされて、もつ焼き食べて終電まで盛り上がる。
投稿者 Ken Kitano : 10:19
2005年11月15日
11月13日 ヒチゴサン
今日は七五三。早く起きて娘は美容室へ。夜行バスで島根から帰宅した妻も慌ただしく美容室へ。じいちゃん、ばあちゃんらと合流して車で神明宮へ。ベルトコンベアー式にご祈祷を受ける。(この前の3歳の時の方が親切にやってもらった気がする。宮司さんが替わったのかな?)戻って自宅で撮影。ムラバックを張ってスタジオセット。着付け代は高かったけど、写真代がただだから、こうゆう時カメラマンの家はお得だ。
終了後、全員くたくた。娘は「七五三って全然面白くない」と文句ぶーぶー。
ハードディスク破損で入院していたマックが戻ってきた。osも新しいのに入れ替えた。よるまでソフトのダウンロード大会。
・・・・ストップしていたニュースサイトを更新しました。ブログ形式なので随時情報を更新します。・・・・・
http://www.ourface.com/newsblog/
投稿者 Ken Kitano : 23:45
2005年11月12日
11月12日 もつ焼きコの字
うちの奥さんが「島根鏝絵サミット」(すごいネーミング!)に出るために留守。出雲へ往復夜行バス、0泊3日の強行軍。お疲れさま。
こちらは娘と玉川上水散歩。出かけた時ポカポカだったが、午後から冷たい風が吹いて寒かった。木枯らし一号だったそうだ。ムサビ近くの公園で遊んだ後、帰ろうとしたら、娘が「焼き鳥やさんに行こう」という。出かけに僕が「帰りに焼き鳥食べたいな」と言っていたのを覚えていたらしい。木枯らしの中、東大和駅近くのコの字もつ焼き「風太郎」に行く。以前から青梅街道を車で前を通るたびに、街道沿いに唐突にあるコの字の店が気になっていたのだ。中へ入ると午後4時の開店直後だたいうのに6割くらいお客さんで埋まっている。全員常連で競馬中継を見ている。場違いの小学生が入ってきたので、常連さんたちは「おじょうちゃん、ジュースのみなさい。おじさんのオゴリダヨ」とか、「このおっちゃん悪い人じゃないから、安心しな」とか、よってたかって声をかけてくれる。(全員声が大きい。)結果、娘はかえってびびったらしく、終始下をむいたまま。ホッピーとジュース、レバ、ハツ、かしら、なんこつ、かわを注文する。おかみさんが「お嬢ちゃん、つくね焼いてあげようか」と言ってくれるが、うちの娘はナンコツが好きなのだ。
ホッピーを一杯だけ飲んで引き揚げる。最後まで暗い顔をしていたので、娘には悪いことをしたと思って外に出る。少し歩いたところで「あの店また行こう」と娘が言う。きっとあんたは次から常連扱いだよ。
投稿者 Ken Kitano : 23:26
2005年11月11日
11月10日
***ストップしていたニュースサイトを更新しました。ブログ形式なので随時情報を更新します。
最近までの過去情報もアップました。雑誌、新聞記事のバックナンバーなどがお手元にありましたら、見てみてください。http://www.ourface.com/newsblog/***
子供は「早寝、早起き、朝ごはん」を大事にしようということになり、今週から実行している。目標は9時に寝て6時半に起床。やってみると、朝など寒いし、ふとんの中でむずむず、遅れるものの、一日が前倒しで進むし、宿題やったり、早めにお風呂入ろう、って感じになて、もともとスローな人なうちの娘にはよい感じである。昨日は娘と二人で起きてすぐにお豆腐屋さんに朝のお味噌汁にいれる豆腐を買いに行った。結構新鮮だった。珍しいね、お豆腐屋さんには今日最初のお客さんだよ」と驚かれた。
昼間、原宿で打ち合わせ。その後ビックカメラでフィルターリングとカメラの電池を購入。以前に知り合いから「使わないかお前持ってて」とあずかったペンタックス6×7に電池をいれるが作動せず。今撮っている仕事に使おうと思ったけど点検に出さないとだめみたい。お金かかるな。日没まで外でロケハンと少し撮影する。今気になっているスポットは面白そうなので、一日かけてじっくり撮りに来たい。とはいえ作品を撮る時間がなかなか取れない。なんとかしていかないと・・。
お知らせ・・ニュースにもアップしましたが、鈴木裕子さん著の女性の職人さんばかりのインタビュー集が出版になりました。ワタシが撮影を撮影をしています。(写真が多い本です。もっと多くてもよかた。)収録されているのは江戸切子、結城紬、東京手描友禅、和裁、陶芸、和菓子、岩谷堂箪笥(盛岡箪笥)、京竹細工の職人さん。体を使って物を作る人は、所作、仕事場の気配、そして素顔が実に魅力的でした。「女職人になる」鈴木裕子著(アスペクト)1500円+税 ISBN4-7572-1197-X c0095
target="blank">http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/475721197X/qid=1131260475/sr=1-
1/ref=sr_1_0_1/249-0091615-4014700
投稿者 Ken Kitano : 08:24
2005年11月08日
11月7日 Newsサイト復活!
ストップしていたニュースサイトを更新しました。ブログ形式なので随時情報を更新します。
最近までの過去情報もアップました。雑誌、新聞記事のバックナンバーなどがお手元にありましたら、見てみてください。(林君ありがとう!!)
http://www.ourface.com/newsblog/
森ミュージアムに杉本博展行ってきた。何度も行こうとしてやっと行けた。ゆっくり時間がとれないと写真をきちんと見られないから。どうせみるならゆっくりみたい。結局見るのに2時間近くかかった。
今まで見たことないくらい豪華な写真展だった。う〜ん、お金がかかっている。こうゆう展覧会は公立の美術館ではなかなか出来ないかもしれない。図録も欲しかったが6000円では手が出なかった。(でも展覧会の図録はある意味写真集よりお得なんよな。次回あったら買いたい。)展示の仕方、サイズ、展開、解説とも丁寧で抑制がきいていた。あれだけ大きいプリントで見ても微動だにしないクオリティー。率直に気持ちいい。ジオラマシリーズ、シアターシリーズ、大好きな水平線シリーズもよかった(夜のがいい)。添えられた作者の短いコメントがまたよかった。杉本作品は根底に「原初の風景」とか「中世の人と同じまなざし」というような「原初の」的な視覚があるようだ。まったくレベルが違うので比べても蚊のオナラほどの意味も無いのだが(蚊がオナラをするかどうか知らないけど)、僕も長時間露光や重ねる方法をよく使うが、僕のは現在を越える手段という気がする。現在や自己をこうゆう方法で微分することで、前後へ連なる遥かな時間へとコミットしたいという衝動があるようだ。そうしてないと止まって(消失して)しまうような気がしてならないから。
実は我が家の玄関にも一枚の水平線がかかている。今は玄関にものが増えて、すっかり雑然としてしまったが、(あちこちの土の塊とか、夏に娘が拾い集めた夥しい数の蝉の抜け殻とか・・)、置いた当初は玄関に涼しい風が吹いているようだった。無論オリジナルではない。(買えるわかない。)10年以上前に佐賀町エキジビットスペースから(だったかな?)出た限定本のポーポートフォリオの一枚だ。11*14サイズをまとめたもので、たしか50万円くらいしたと聞いた。当時所僕が属していた事務所の、ある仕事の打ち上げを、デザイナーさんの家でやったときに、印刷会社の部長をされていたデザイナーさんのご主人と杉本作品の話になり、「好きなの一枚挙げるよ」と、もらったもの。大手の印刷会社が技術の粋をこらして刷った、印画紙と見まごうばかりの豊穣なトーンを湛えたプリントだ。飾る場所がないので、長くブロッティングペーパーに包んで暗室においておいたが、今の家を借りた時に、出して額装した。池袋のデコアートで額装した時のこと。隣で会計をしていたおばさんが、額装された水平線の写真をちらりと見た瞬間、「うわーっ!、キレイねー、これあなたが撮ったの?」と思わず聞いてきたのを思い出す。見た瞬間風が吹き抜けるような、「うわー!」とか「ひゃー」とかがないと写真はだめだなとその時思った。「つかみ」みたいなものが。(それだけでもだめだけど。)
後半の建築のシリーズは以前に小柳でも見た。ジオラマや水平線を見た後では、少し下がる気もするが、僕はこれも結構好きだ。大きいサイズでないほうがしっくりくる気がする。写真によって後ろにうんとさがって見たり、近づいてみたり、距離がばらばらだった。自然を相手にしてきた普遍的なまなざしが、人工物である建築と対峙したときに、建築物に部が悪いのは当然かもしれない。
六本木ヒルズの森ミュージアムは、行く度にエレベーターや階段を登りながら、階級格差を確認させられているようで、ある意味疲れるのだが、会期中にもう一度行ってじっくり見てみたいと思いました。
投稿者 Ken Kitano : 23:55
2005年11月07日
11月6日 ぷるぷる鍋。
寒い一日。昼から雨も降り始めた。終日自宅でパソコンに向かって作業。久しぶりに家でラジオ「日曜日の秘密基地」を聞いた。今日のゲストの和田勉さんとのやりとりは、不思議な会話だった。
夕方、体がカチカチに固まっていたので近所の市民プールで少し泳いで銭湯へ。夜は鍋。扶桑社のIさんに以前教わった鶏皮なべ。土鍋に水をはって、真ん中に大き目の湯のみ(お寿司屋の湯飲みなど)を置く。湯飲みには醤油と水を1:1で入れ、卵を落とす。沸騰したらキャベツと白滝、鶏皮を入れてぐつぐつ。火が通ったら湯飲みの中のタレに付けて食べる。うまい!。お好みでタレにかつぶしや青海苔をいれてもよい。鶏皮は安い。キャベツもたくさん食べられる。残ったおだしでお雑炊。鶏皮はコラーゲ〜ンな感じでプルプルしている。我が家では通称「ぷるぷる鍋」と呼んでいる。
投稿者 Ken Kitano : 08:57
2005年11月06日
11月5日 「オリュノオバ物語」
午前中掃除。家がきれいになるってすばらしい。コの字本の企画書を詰める。午後にレオパレス21の配布雑誌を作っておられる田中さんとカメラマンの尾関さんが見える。写真集とお薦めの本についての取材を受ける。というよりほとんど終始雑談。最近読んだ本で5冊挙げる。びっくりしたのは発行部数(レオパレスを借りている人の数とほぼ同じだと思う)が16万部とのこと。そこらの月刊誌の発行部数より多い数の部屋がある。その人たちへの音楽や映像の配信だけでも大きなビジネスになりそう。
夕方世田谷シアタートラムへ「オリュウノアバ物語」を観に行く。満員。岸田今日子さんの声はどうしてあんなに心地いいのだろう。とにかく岸田さんの声をずうっと聞いていたので、ずうっと何か話してて下さい、といいたくなる。内容は、中上健次の「千年の愉楽」が原作。オリュウノオバは「千年の愉楽」の他に「奇蹟」、「17歳の地図」などにも出てくる、新宮の産婆。路地のものどもの誕生に立会い、その死に様を見てきたオバと、極道の限りをつくして若く非業の死を遂げる「なかもとの一党の血」の物語。たまたま『our face』で熊野祭りを見てきたり、今熊野古道の本を作っていて、熊野に通っているので、余計に熊野と中上健次の作品に想像力がたくましくなっているせいかもしれないが、やはり、あの濃密で豊穣な言葉の世界、そしてエロスとタナトスには少し届かないものがあったような気がする。
終演後、久しぶりに茶沢通り沿いにあるもつ焼き「くに」に行く。ホッピーでハッピー党の人たちと飲んでいた頃以来だから5年ぶりくらいか。煙でいぶされたような年季の入った店内の雰囲気は変わっていなかった。カウンター席に座ってビールともつ焼き4本、おしんこを注文する。それとトンビ(豚の尻尾の煮込み、コラーゲンたっぷり、うまい)とホイスを追加。1時間ほど飲んで、しめて2000円。安い。5年の間いろいろな店で飲んだので、改めてメニューやお客さんを見て気がつくこともいくつか。
投稿者 Ken Kitano : 10:49
11月4日 またまた「個性」もんだい
先日、清里フォトアートミュージアムの会報の取材を受けた。校正が送られてきたので読みながら改めて考えた。クドイけど、例の「個性とは・・」の件。今度は何かというと写真集に添えた「個性とは幻想である」という言葉がまたまた気になってる。ふたつのことが気になっている。
ひとつは「・・は幻想である」という物言いは、それ自体カッコワルイというか、何か言っているようで、実は何もいっていない物言いだということ。普通はこのように、多くの人に支持されているような言説なりものごとを否定した後には、それに変わるものごとや方法論を提示しないと片手落ちである。写真集の中身でそれ(幻想であること)に変わる考え方なりものごとを提示しているような気もするし、そこへの導入のチョイとした挑発のコピーのつもりだ。でもこの言葉だけだと「・・は間違いだ」とか「・・っておかしい」とだけ言っているだけみたいで頭が悪い感じがする。気になるのは、皆さんが大事にしている・・って実はそれほどものでもないんではないですか?みたいなことを言うときは、どこかへりくだってパンツを下ろして笑いを取るとかしなくていいのか、というニュアンスのことだ。もうひとつは「幻想」ってそんなに悪いことなのか?ということ。「それは幻想だよ」と否定的に使いますけど、幻想を持っていることで楽になれたり、幻想をもっている自分が楽しいということは多々ある。何があるだろう、例えばワタシ宮崎アニメはわりとどれも好きなのだけど、「ナウシカ」にしても「ラピュタ」や初期の「パンダコパンダ」にしても、主人子は超人的に強くて、それでいて可愛らしい小さい女の子だ。その子が超人的な力を発揮して(簡単に言うと)いろいろな問題を救うわけだけど、現実的にはあんなに強くて犠牲的でかわいい女の子というのはいないわけで、アメリカ映画のマッチョなヒーローと対極的なヒロイン像かもしれない。(詳しくは知らないけど、たぶん。)別にロリコン趣味でなくてもこの手の「超人的な少女幻想」みたいのに浸かってみると、それはそれで広い世界や物語が見えてくるわけで、そうゆう「幻想」って、単純に悪くない。そうゆうことってたくさんある。依存しない程度にいろんな幻想を持っていたほうがいいとさえいえるのではないか。
要は「個性」という言葉と、ある程度、それは幻想である」ことを意識しつつ付き合っていけばいいのだ。いろいろ書いたけど簡単に「個性という言葉」を否定するだけで何か言った感じになっちゃいけないと、自分に突っ込んでいるわけである。個性という言葉を礼賛する傾向(特に団塊の世代の人が多い)で嫌なのは、「他人とは違うこと」が「いいこと」であるということが、本質的なことを探すことを停滞させたりするし、その結果ますます社会が均質になるからだ。とはいえ、ものを商品を作ったり、仕事をしたり、日常の会話を交わすにも、「人と違うことを」というのはある程度意識していないと成り立たない。それは空気にみたいに当たり前のことで、とりたてて「個性が一番」と重きを置くたぐいのことではないと思う。(というかそのことからは何も生まれない。)じゃ、その空気みたいに普通に表いればいい「個性」という言葉を一言でなんと言えばよかったか。そこでふいに以前、木村万里さんから頂いたメールにあった言葉を思い出す。そう、写真集の冒頭にこう書けばよかった。-----たかが個性----- と。
今読んでいる三浦展さんの「下流社会」(光文社新書)は団塊の世代が手に入れた「自分らしく生きる」という「青い鳥」を、二極化する社会の中で、どう付き合えばいいのかということが提示されている。また団塊ジュニアの世代の「自分らしさ」感の重要度の詳細な分析も実に興味深い。リアルだ。
投稿者 Ken Kitano : 10:44
2005年11月04日
11月3日 学童の運動会
午前中、自宅で仕事。シアタートラムで上演中の岸田今日子さん出演の「オリュウノオバ物語」(中上健次原作)の追加公演に、だめもとで電話をしたらチケットが取れた。楽しみ。昼前に自転車で離れた小学校へ。学童クラブの合同運動会に行く。行ってみてびっくり。人数の多いこと。参加小学校は市内の全学校からだから20校くらい。人数の多い学校は1校に学童クラブがふたつも三つもあると知る。うちの子の学童なんかは小さいほうだ。リレーなんかは予選だけでも延々続いく。見ているだけで疲れる。合同でやることないんじゃないかなあ。途中で抜けて家で仕事。夕方車で打ち合わせに出かける。出かけに「relax」京都特集が送られてきた。今号は画家の金子国義先生とキモノの撮影をさせて頂いた。いつもながら金子先生に「大木に止まった蝉」状態で仕事をさせて頂いた。勉強になった。誌面での仕上がりは、なんかプリントのときの華やかなかわいらしい感じがしない。なぜかな?
打ち合わせに行く途中で新宿プレイスMによる。まだ自分の写真集が残っていた。(佐藤信太郎がここで買ってくれたと聞いていたので、●冊しか売れてないことになる。)前から欲しかった鈴木理策さんの熊野の写真集を購入する。土田ひろみさんの「新・砂を数える」があったので見たら、すごくよかった。MOTOKOさんの「京都」もよくて欲しくなった。次回の購入を決意する。
某アパレルブランドの方と打ち合わせ。まだ分からないのだが、『our face』の延長で、ご一緒に何かひとつの作品とプラスアルファ(イベントなのか広告なのか、写真展、映像なのか?)を作りましょう、という展開になる。俄然楽しみになってきた。さっそく企画を練ろう。今までにも何度か企業や代理店からour faceプロジェクトで何か一緒にやりましょうという提案を頂いたことがあった。しかしだいたいが広告的効果主体の提案だったり、SPAでの掲載をあからさまにねらっての提案だったりした。今回のように本を買ってくださって、それを見て合同で何かを作らないかという提案というのは初めて。ヒステリックグラマーの一連の仕事のことも話題にのぼったが、ファッションの方とはいえすぐとなりとはいえないジャンルのアートや文化にも関わろうという姿勢はさすがだなと思った。
投稿者 Ken Kitano : 08:09
2005年11月03日
11月1日 山田ちゃん
知人の紹介で急に市報の表紙をの写真撮ることになり、近所のムサビの学園祭へ行く。近所なのに始めて学園祭に行った。美大だけ合ってディスプレイや展示、パフォーマンスなど盛んだった。サンバカーニバルの写真を表紙にしたいとのことで、出店でスープを飲みつつスタートを待つ。しかし予定の10時半に近づいてもそれらしい人々が現れる様子がない。美大だし、ラテンだし、学園祭最終日の平日だし、すっぽかしかなあ、と思っていたら、10時半を少し過ぎて数人のTシャツ姿にドラムをもった人たちが現れトントコトン、と始まった。ダンサーも管楽器もなし。あんまり迫力がないので撮らずに帰る。ダンサーが出たのは日曜だけだったらしい。ちょいとしたご近所散歩だった。
午後に渋谷のラボ、京橋のラボで現像だしとピックアップ。先週出したカラーの現べたの明細をみてびっくり。カラーネガの増感現像代がクリエイトが1000円なのに堀内からーは680円だった。べた焼きも若干堀内が安い。現べたブロー二一本あたりで約1000円も違う。こりゃネガ現は堀内だな。加えてクリエイトは+1増感のみ。堀内は+2まで出来る。業者ごとに違うものだ。気をつけないと。
夕方扶桑社で打ち合わせ。その後袴田さんと両国で合流、以前佐藤信太郎と行こうとして定休日だったコの字の立ち飲み「山田ちゃん」へ行く。新しい目の店だった。立ち飲みのうなぎの居酒屋。ビールを注文すると生ビールではなく小瓶をジョッキについで出してくれた。うなぎなのにモツ焼きと変わらない値段なのがうれしい。「ひれごぼう」と熱燗の組み合わせがグットでした。
投稿者 Ken Kitano : 09:06