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2011年03月28日

3月28日

週末に娘の卒業式(小学校)があった。この時期に卒業式ができること自体ありがたい。桜はまだ咲かないけれど、青空の下で子供たちの笑顔にジーン。時間がたつのは早いです。ほんの2、3日前に入学した感じがする。
いざとなると家族を守るということが危急の課題になるのですね。

毎朝停電時間を確認して一日のスケジュールを立てる習慣ができた。それとネットで放射線量のモニタリングをチェックする習慣も。(日本中でネットで情報を収集するスキルが急速にアップしているに違いない。)
一番怖い体内被爆は、これはもう確率の問題だから、できるだけ入り口をふせぐしかない。マスクはきらいだけど、これも習慣になった。

印画紙のストックが少なくなったのでB&Hに発注しようとしたら、いま日本へ発送できない。こんなところにも影響がでているのか!?
都内の交通はだいぶよくなったが、僕も見たい展覧会に行けなかったり、美術館が休館になっているところも多い。
岡本太郎美術館「岡本太郎現代芸術賞」展は今週いっぱい、4月3日までです。ぜひお運びください!

さまざまな事情で遅れている福島辰夫さんの本も少しでも進めたい。
自分自身の時間を1年と区切って、膨大なエネルギーをこの本に費やしてしてきた。(既に1年半を越えているが。)
なんとしてもこの春に形にして、世界に置きたい。
今日は久々にその打ち合わせ。

その前にマスクをして暗室に行くとする。

投稿者 Ken Kitano : 09:17

2011年03月16日

3月16日

海外の知人から励ましのメールが来ます。
「溶游する都市」の「東京ドーム」を買ってくれたベルギーのコレクターさんから、日本のことを心配しながらKenの作品をみているよ、とメール。

メルトダウンしてでちゃったものは仕方ないから、あとは常にデータや情報を公開して、数十年単位で対処法をみんなが放射能とのつきあい方を構築していくしかないよね。
(技術は高くても組織と意識が最悪の国だから、それも難しそうだけど。)

20年前に「溶游」という言葉を選んだことを何かの巡り合わせのように感じています。
大きい辞書を引くと〈ようゆう〉には「溶融」という字もあって、これは化学反応、
まさに原子力のメルトダウンを意味します。

同じ「溶けて漂う」意でも、人の存在や世界の有り様対して
(見る人によってポジティブでもネガティブにも)
使う言葉としてはあの時やはり「溶游」でした。

いま作家として何ができるか考えます。
何もできないもどかしさのほうが大きいですが。

今こそアチェの津波被災者の作品に取りかからなくて、という思いもあるし、
予定通り中東に行こうかとも思っています。
ちょうどNY在住の版画家の友人田中康代さんがこんなプロジェクトでレバノンの
パレスチナ難民キャンプに行く知らせをもらいました。
彼女はこれまで日本とアメリカを中心に、取材、刷り、製本までを現地でワークショップをしながら行っています。
https://www.kickstarter.com/projects/846179393/in-seach-for-the-meaning-of-our-life?ref=email

17年前の震災は、現実が遠くて、そのリアリティーのなさに打ちのめされました。
こんどの災悪は僕的に完全に「対岸の火事」ではなくなっています。
中東の政変もさまざまな変化と連続したとてもとてもリアルな現実に僕には思えています。(当たり前だけど。)
外との回路を強く持ちたい気も、一方でしています。

でも、まずは明日は延期になっていた娘の小学校の「卒業を祝う会」。
スライドショー担当としてしっかり上映して盛り上げよう。(プロだし。)

投稿者 Ken Kitano : 09:33

2011年03月15日

3月15日

首の皮一枚の原発のことが、一日中重く気にかかる。きっと何年もこれが続くのだろう。
東京の人間の電気のために福島や茨城の人が困難を負うなんて、どうしたっておかしい。
夕方からの雨に備えて、今朝は娘にカッパを持たせた。放射能の雨なんて言葉、一週間前は想像もしなかった。(東京ではまだそのような状況ではないけれど。)とにかく、なんとかしのいでもらいたい。

三陸は何度も旅したことがある。宮古だって石巻だって、あんなに大きくて立派な町が、こんな悲惨なことになるなんて。

今は何もできません。暗室で「02年サッカーワールドカップ日本代表のサポーター60人」で焼きながら、こんなことしてる場合じゃないのに。ただ家族静かにご飯をたべるしかない。ありがたいよ。北京のインリさんからチャリティーオークションをしたい旨のメール。

現像液を買いたくてムサビの世界堂に電話したら当分臨時休業だそうだ。自転車で立川のビックカメラに行ったら、開店が1時間半遅くて、入場制限をしているので、コレクトール買うのにずいぶん時間がかかった。突然停電してエスカレーターで事故がないようにとの処置だとか。電池やコンロの行列もできていた。大方過剰反応だろう。

17年前の震災と自分の受け止め方が違うのは、年齢や距離、規模のこともあるけど、今は子供がいることが大きい気がする。
インドネシア津波被災地を取材した作品を早く手がけたいけど、ぜんぜんまとまらない。

今日見たサイト
気象庁 一時間ごとの風向き
http://www.jma.go.jp/jp/windpro/

停電カレンダー
https://sites.google.com/a/creco.net/teiden-calendar/

日野市の放射線量を測っている方のサイト  午前中一時的に上がった。
http://park18.wakwak.com/~weather/geiger_index.html

鎌仲ひとみさんのツィッター

投稿者 Ken Kitano : 18:08

2011年03月13日

13 Mar.

Dear friends,
My house and my family is no problem.
thank you for kindly mail.
Tokyo is almost Usually.
Ken Kitano

投稿者 Ken Kitano : 10:14